大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(け)13号 判決

申立人 田中孝造

決  定

(申立人氏名略)

右の者に対する窃盗等被告事件について昭和三九年一一月一〇日大阪高等裁判所第一刑事部がした保釈請求却下決定に対し同月二〇日(同月二四日受理)申立人から異議申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由の要旨は

大阪高等裁判所第一刑事部は昭和三九年一一月一〇日弁護人吉田一枝からなした被告人(申立人)の保釈請求を却下する決定をしたが右決定は次の理由により違法である。すなわち、申立人は昭和三八年五月交通事故に遇い頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けこれがもとで視神経を犯され右眼は失明同様となり爾来後遺症で困つている。もしこの儘放置すれば癲癇性の病に変じ一命にもかかわる虞れがあるので右後遺症の手術を受けそれが回復した後に服役したいと考える。ところで申立人は大阪市西淀川区姫島町一七六二番地に自宅を持ちその地に母、兄夫婦も定住し身許も確実であるほか身許引受人として姫島病院長及び大阪市会議員沓脱タケ子があるのみならずすでに判決の言渡を受けた現在もはや罪証隠滅の虞れはない。よつて申立人の保釈を許可すべきであるのに却下した原決定は違法であるからこれを取消しあらためて保釈許可されたく本異議の申立に及んだ。

というにある。

よつて審案するに高等裁判所のした決定に対してはその高等裁判所に抗告に代る異議の申立をすることは刑事訴訟法四二八条一、二項により認められているところであるから進んで右異議の申立の当否について判断する。

当裁判所高田書記官の事件記録処理状況報告書及び申立人の本件異議申立書の記載によると、申立人に対する窃盗等被告事件について大阪高等裁判所第一刑事部において昭和三九年一〇月一六日「原判決を破棄し、被告人を懲役二年に処する」旨の判決の言渡が為されこれに対し同月三〇日被告人から上告の申立があつたこと。同年一一月一〇日弁護人吉田一枝から被告人の保釈請求をしたが却下決定のあつたこと。その後本案の訴訟記録は、同月一九日上告裁判所に送付され(同月二三日最高裁判所に到着)本件異議申立の為された一一月二〇日(当裁判所受理同月二四日)当時にはすでに当裁判所には現存しなかつたことが明らかである。

そこで右の如く本案の訴訟記録がすでに上訴裁判所に送付されたのちにおいてもなお本件異議の申立が許されるかどうかについて考えて見る。保釈却下決定に対し異議申立の許されることについてはさきに説示したとおりであるが異議申立の手続については抗告に関する規定が全面的に準用される(刑訴法四二八条三項前段)ので、もし異議申立の手続がその規定に違反したとき、又はその申立の理由のないときは決定で異議の申立を棄却すべきであるが異議の申立が理由のあるときは決定で原決定を取消し必要がある場合は更に裁判しなければならない(刑訴法四二六条一、二項)のである。

そうすると本件の如く保釈の請求を却下する決定に対する異議の申立においてもし保釈を許可するのが相当であると判断した場合は単に原決定(すなわち保釈請求却下決定)を取消すだけでは足りず更に異議申立を受けた裁判所で自ら保釈を許可する決定をしなければならないことになるわけであるが右の如く原決定を取消し自ら裁判することができるのは本案の訴訟記録及び異議申立裁判所で新たに取調べた資料等にもとずいて保釈許可決定をすることが可能な場合でなければならないこと勿論である。ところが刑事訴訟法九七条二項刑事訴訟規則九二条二項によると上訴中の事件について原裁判所が保釈決定を含めて勾留に関する処分を為すことができるのは右事件の訴訟記録が未だ上訴裁判所に到達していない場合に限られているのである。これは事件について上訴の申立があれば事件は上訴審に移審し上訴審に係属することになるので元来勾留に関する処分も当然上訴審においてのみその権限を有することになるが、それでは訴訟記録の未だ到達していない上訴審では極めて不便でもあり又勾留中の被告人の利益にもそわぬところから実務上の便宜のため事件にも精通し且判断の資料の存在する原裁判所に暫定的に例外的に右の処分権限を与えたのである。したがつて上訴申立により本案の訴訟記録がすでに上訴裁判所に送付されたのちにおいては原裁判所は勾留に関する処分をする権限を失つたものといわなければならない。そうだとすると本件異議申立が仮に理由があり原決定を取消すべきであるとしてもさきに説示したとおりこれだけでは足りず必ず更に保釈を許可する決定をしなければならないのであるが本件異議申立が為された当時本案の訴訟記録はすでに上訴裁判所に送付され当裁判所に現存しなかつたのであるから保釈の許否を判断する資料の存在しない当裁判所にはもはや保釈を許可する決定をする権限はないものといわなければならない。もつとも原裁判所に上訴裁判所から訴訟記録を取寄せることも可能でありこのことにより右の処分を為し得るとする考え方があるかも知れないけれども前記刑事訴訟法九七条二項刑事訴訟規則九二条二項はこのような場合を含むものでないことは固より明らかであるのみならず申立人も直接本案の訴訟記録の存在する上訴裁判所に保釈の請求をすることも固より可能であるから右解釈を容れることはできない。

よつて申立人の本件異議申立を不適法として棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 児島謙二 畠山成伸 瓦谷末雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例